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鹿児島地方裁判所 昭和31年(ワ)227号 判決

原告 株式会社鹿児島銀行

被告 株式会社津曲慶彦商店 外二名

主文

被告安田火災海上保険株式会社と被告此元産業株式会社との間に昭和三十年十一月二十七日締結された別紙目録記載の物件を目的とする保険金額金二百万円の火災保険契約に基く保険金五十万円について被告安田火災海上保険株式会社が昭和三十一年八月三十一日供託番号鹿児島地方法務局昭和三十一年金第五八九号をもつて供託した供託金五十万円のうち金三十万円に対し原告が還付請求権を有することを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告株式会社津曲慶彦商店との間、原告と被告安田火災海上保険株式会社との間、原告と被告此元産業株式会社との間に生じた分を、いずれも五分し、その二を原告の負担とし、その三をそれぞれの被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告株式会社津曲慶彦商店(以下被告津曲という。)を債権者とし、被告此元産業株式会社(以下被告此元という。)を債務者とし、被告安田火災海上保険株式会社(以下被告安田という。)を第三債務者とする鹿児島地方裁判所昭和三十一年(ル)第一二六号債権差押および転付命令は無効であることを確認する。被告安田火災海上保険株式会社と被告此元産業株式会社との間に昭和三十年十一月二十七日締結された別紙目録記載の物件を目的とする保険金額金二百万円の火災保険契約に基く保険金五十万円について被告安田火災海上保険株式会社が供託番号鹿児島地方法務局昭和三十一年金第五八九号をもつて供託した供託金五十万円に対し原告が還付請求権を有することを確認する。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「(一)被告此元は、昭和三十年九月九日被告津曲に対する債務について被告此元所有のその他の不動産と共に別紙目録記載の(1) ないし(3) の建物に対し債権極度額金二百万円、期限昭和三十五年十二月三十一日順位二番の根抵当権設定契約をし、同月二十日その旨の登記をした。(二)ついで、被告此元は、昭和三十年十一月二十七日被告安田と別紙目録記載の(1) ないし(5) の物件を目的とする保険金額金二百万円(内訳は別紙目録記載のとおり。)の火災保険契約を締結したが、被告此元は、同日原告に対し現在負担しまたは将来負担することがある一切の借入金債務の担保として、右保険に基くすべての保険金請求権のうえに質権を設定し、同日被告安田の右質権設定の承諾を受け、原告は、右保険証券の交付を受け、同年十二月十三日確定日付のある証書とした。(三)ところが、昭和三十一年五月十七日右保険の目的である別紙目録記載の(2) 、(3) の建物が全焼し、(5) の物件の一部が火災によつて損害を生じ、被告安田は金五十万円(内訳は別紙目録記載のとおり。)の火災保険金を支払うことになつた。(四)原告は、右当時被告此元に対し金百二十万円の弁済期の到来した債権を有し、前記質権設定契約において、個々の被担保債権の期限の到来により質権を実行できることになつていたし、かりに、右のようになつていなかつたとしても、前記質権設定契約において保険事故が発生したときは、被告安田が支払う保険金の額を限度として被担保債権の期限の利益を失うことを定めていたので、原告は、民法第三百六十七条第一項により前記火災保険金の取立権を有するに至つたので、同年六月二十日被告安田に対し保険金五十万円の支払を請求した。(五)一方、被告津曲は、被告此元に対する売掛代金百二十二万五千七百五十五円の弁済に充てるため、民法第三百七十二条、第三百四条の物上代位権の行使として、前記保険金五十万円を昭和三十一年五月二十三日付の鹿児島地方裁判所同年(ヨ)第五九号事件仮差押決定により仮差押し(被告安田に同月二十四日送達。)、さらに、同年六月二十七日付の同裁判所同年(ル)第一二六号事件債権差押および転付命令により債権差押をし転付命令を受けた。(六)ところが、被告安田は、債権者が不確定であるとして昭和三十一年八月三十一日鹿児島地方法務局に供託番号同局昭和三十一年金第五八九号をもつて右火災保険金五十万円を弁済供託した。(七)抵当物件が火災保険契約の目的となつているとき、その抵当物件に損害が生ずれば、抵当権者は火災保険金請求権に対し物上代位権を有することは、民法第三百七十二条、第三百四条に規定するところであるが、さらに、右規定によれば、抵当権者は、火災保険金の払渡前に差押をしなくてはならないことになつている。この場合右保険金請求権に民法第三百六十四条により第三者に対し対抗できる質権が設定されているとき、右抵当権者と質権者とはいずれが優先するか。抵当権は、本来その目的物の滅失によつて消滅し、その目的物の滅失によつて債務者が受ける金銭については当然には存しまいが、民法が特別に規定を設けたことによつて、抵当権者は物上代位権を有するに至つたものである。そして、抵当権者が物上代位権を行使するには前記のとおり差押をすることが要件であり、差押によつて始めて物上代位権が効力を生ずるものであるから、抵当権に基いて物上代位権を行使したとき、その抵当権と他の担保物権との優先順位も、右差押の時と他の担保物権が第三者に対する対抗力を備えた時との前後によつて定めなければならないことは、当然である。したがつて、右により前記のような本件の被告津曲の物上代位権による差押をした抵当権と原告の質権とを比較するとき、被告津曲の抵当権の設定登記が原告の質権設定より以前であつたとしても、原告の質権が優先することは明らかである。(八)のみならず、別紙目録記載の(5) の物件については、被告津曲の抵当権の設定のないことは明かであるから、右物件については被告津曲は物上代位権を有しない。(九)右(七)、(八)の理由により、被告津曲の申請によつてなされた鹿児島地方裁判所昭和三十一年(ル)第一二六号債権差押および転付命令は無効であり、原告が、前記の被告安田の供託金五十万円の還付請求権を有するものである。そこで、原告は、被告等に対し右債権差押および転付命令の無効確認と原告が右供託金五十万円の還付請求権を有することの確認とを求めるため、本訴に及んだ。」と述べ、立証として、甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五号証の一ないし三を提出した。

被告津曲訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張事実中、(一)の事実、(三)の事実、(五)の事実、(六)の事実は、これを認めるが、(二)の事実は、不知であり、(四)の事実は、これを否認する。原告主張の(七)の主張については、被告津曲の抵当権が優先するものであり、原告主張の(八)の主張については、別紙目録記載の(5) の物件は、抵当物件と一括して保険の目的となつていたので、被告津曲において差押および転付命令を受けたものであるが、物上代位権の規定を類推適用すべきである。」と述べた。第二号証の一ないし三、第五号証の一ないし三の成立を認め、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二は不知と述べた。

被告此元は、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

被告安田は、本件口頭弁論期日に出頭しないので、陳述したものとみなされた答弁書に記載された事項によれば、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、「原告主張事実中、(二)の事実、(三)の事実、(四)の事実、(五)の事実、(六)の事実は、これを認めるが、(一)の事実は、不知である。」と述べ、甲号各証の認否は、これをしなかつた。

理由

被告此元が、昭和三十年九月九日被告津曲に対する債務について被告此元所有のその他の不動産と共に別紙目録記載の(1) ないし(3) の建物に対し債権極度額金二百万円、期限昭和三十五年十二月三十日順位二番の根抵当権設定契約をし、同月二十日その旨の登記をしたことは、被告津曲の認めるところであり、被告此元は自白したものとみなされ、公文書であるので、真正に成立したものと認められる甲第一号証によつて、被告安田の関係においても、認められる。

ついで、被告此元が、昭和三十年十一月二十七日被告安田と別紙目録記載の(1) ないし(5) の物件を目的とする保険金額金二百万円(内訳は別紙目録記載のとおり。)の火災保険契約を締結したが、被告此元は、同日原告に対し現在負担しまたは将来負担することがある一切の借入金債務の担保として、右保険に基くすべての保険金請求権のうえに質権を設定し、同日被告安田の右質権設定の承諾を受け原告は右保険証券の交付を受け、同年十二月十三日確定日付のある証書としたことは、被告安田の認めるところであり、被告此元は自白したものとみなされ、成立に争のない甲第二号証の一ないし二によつて、被告津曲の関係においても、認められる。ところが、昭和三十一年五月十七日右保険の目的である別紙目録記載の(2) 、(3) の建物が全焼し、(5) の物件の一部が火災によつて損害を生じ、被告安田は金五十万円(内訳は別紙目録記載のとおり。)の火災保険金を支払うことになつたことは、原告と被告津曲、同安田間に争がなく、被告此元は自白したものとみなされる。

原告が、右当時被告此元に対し金百二十万円の債権を有し、前記質権設定契約において、保険事故が発生したときは、被告安田が支払う保険金の額を限度として被担保債権の期限の利益を失うことを定めていたので、原告が民法第三百六十七条第一項により前記火災保険金の取立権を有するに至つたことは、被告安田の認めるところであり、被告此元は自白したものとみなされ、商業帳簿であると認められ、その記載が整然としているので、真正に成立したと認められる甲第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、成立に争のない第五号証の一ないし三によつて、被告津曲の関係においても、認められる。

一方被告津曲が被告此元に対する売掛代金百二十二万五千七百五十五円の弁済に充てるため、民法第三百七十二条、第三百四条の物上代位権の行使として、前記保険金五十万円を昭和三十一年五月二十三日付の鹿児島地方裁判所同年(ヨ)第五九号事件仮差押決定により仮差押し、さらに、同年六月二十七日付の同裁判所同年(ル)第一二六号事件債権差押および転付命令により債権差押をし転付命令を受けたこと、ところが、被告安田は、債権者が不確定であるとして昭和三十一年八月三十一日鹿児島地方法務局に供託番号同局昭和三十一年金第五八九号をもつて右火災保険金五十万円を弁済供託したことは、原告と被告津曲、同安田に争がなく、被告此元は自白したものとみなされる。

そこで、本件の争点である前記のような被告津曲の物上代位権による差押をした抵当権と原告の右抵当物件の火災保険金請求権に対する質権とのいずれが優先するかについて考察する。原告主張のように、抵当権に基く物上代位権の行使の要件とされている差押によつて始めて物上代位権の効力を生ずるとし、右差押をもつて物上代位権の公示方法であると解するのは、相当でない。右差押が要件とされているのは、物上代位権の行使の対象となる金銭その他の物が債務者の他の財産と混同し権利関係が混乱するのを防ぐために外ならないのであつて、その公示方法としては、抵当権の登記で充分である。したがつて、両者の優先順位は、抵当権の登記の時と質権の第三者に対する対抗要件を備えた時との前後によつて定めるべきものと解する。すると、先に認定したとおり、被告津曲が抵当権の登記をしたのは昭和三十年九月二十日であり、原告の質権が第三者に対する対抗要件を備えたのは同年十二月十三日であるから、被告津曲の物上代位権による差押をした抵当権が原告の質権に優先することになる。

ところが別紙目録記載の(5) の物件については、被告津曲の抵当権の設定のないことは前記の事実から、明かであり、一方、原告が右物件の保険金請求権に対し質権を有していることも前記のとおりであるから、原告は、右物件の保険金三十万円には被告此元の他の債権者に対し優先権を有していることになる。

したがつて、被告等に対し被告安田の供託した供託金五十万円に対し原告が還付請求権を有することの確認を求める原告の請求は、内金三十万円に対し還付請求権を有することの確認を求める限度においては、理由があるが、その余は、理由がない。

さらに、原告は、被告津曲の申請によつてされた前記債権差押および転付命令の無効確認を求めているが、差押および転付命令が無効であるならば、その無効な結果生じた法律関係について請求すれば、充分であるし、差押および転付命令のような裁判の無効確認を求めることは、許されないばかりでなく、前記金五十万円の中、被告津曲が優先権を有している金二十万円に対する債権差押および転付命令は当然有効であるから、被告等に対し前記差押および転付命令の無効確認を求める原告の請求は、理由がない。

以上の理由により、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢頭直哉)

目録〈省略〉

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